プロダクションノート

長年あたため続けてきた三谷監督念願の企画

「もし自分が総理大臣になったら、何をしよう……?」そんな妄想を、子供の頃なら誰もが一度はしたことがあるかもしれない。「僕も考えたことがあります。自分で言うのも何ですが、僕はさほど私利私欲もないし、権力欲や金銭欲もないので、僕が総理大臣になったら素敵な政治をやれるんじゃないか?ってちょっぴり思っていました」。そう語る三谷幸喜監督(以下、監督)。「ごくごく普通の人間が、突然総理大臣になったらどうなる?というお話を、いつかやってみたいなという思いが昔からありました」と監督。だがご存知の通り、日本の政治の世界で突然一般人が総理になることはまずあり得ない。「これはファンタジーじゃないと無理だなと思っていた時に、アメリカの映画『デーヴ』(93年)を見たんです。大統領のそっくりさんがある日、本物の大統領と入れ替わるっていうコメディなんですが“その手があったか!”と。映画としてもとても面白かったので、このジャンルはもう今後無理だなと思い始めていました。でもその時入れ替わりではなく、“実際の本人が記憶を失って、ある朝目が覚めたら自分が誰だか分からない。そこから徐々に自分が総理だと気が付いていく”というシチュエーションは、一般人が突然総理になるのと現象としては同じなんじゃないかと、はたと思いついたんです」。しかも記憶を失った原因が、「国民から石をぶつけられた」から。「つまりそれくらい国民から嫌われている総理大臣。そんな人が突然すべての記憶を失ったというコメディはワクワクするなと思い、そこから一気にストーリーを紡いでいきました」(監督)。実は『THE有頂天ホテル』(06年)の公開後から、本作のアイディアを何度もプロデューサーに投げていたという監督。でも、政界ものは難しいと、なかなかGOサインが出なかった。「これは政界ものではないと説明しました。時事ネタを入れたり、現代の政治を風刺するようなコメディにする気は最初からなかった。時事ネタを入れると、“今だけ”のものになってしまう。映画はずっと残るものなので、いつの時代の人が見ても面白いと思うものじゃないと作る意味がないと思ったんです。今の僕らが『スミス都へ行く』(39年)を見ても楽しめるのは、あの映画が何か特定のものを批判したり風刺しているからではなく、政治そのものと向き合っているから。そのラインは僕も絶対押さえないといけないなと思っていました」
政治という生々しい題材を扱いながらも、あくまでもその中身はコメディでありファンタジーであるべき。そんな監督の熱い思いが製作陣にも通じ、『THE有頂天ホテル』から実に13年の時を経て念願の映画化が決定した。

三谷組ならではのオールスターキャスト!

三谷映画といえば、主役クラスが勢ぞろいするオールスターキャスティングがいつも話題をさらう。今回も「メインキャストはほぼ全員がアテガキ」という三谷組ならではの贅沢さは健在だ。主人公の黒田啓介を人間味たっぷりに演じる中井貴一は監督と同学年。監督が初めて書いた2時間ドラマ「天国から北へ3キロ」(91年/CX)の主演が中井だったという縁もあり、その親交は長く深い。「同じ世代だけあって見てきたものも同じだし、共通言語も多い。しかもお互い好きなコメディアンがダニー・ケイというアメリカの俳優さんだと分かり、いつか中井さんが主演でダニー・ケイが出演しているようなコメディ作品をやりたいねって話をしていたんですが、今回やっとそれが叶いました。この作品は僕の中ではある意味で“中井貴一ショー”。世間の方がまだ知らない中井貴一さんの新たな一面を、この映画で教えてあげられたらと思っています」
啓介をクールに支える首相秘書官=井坂には、ディーン・フジオカが三谷組初参戦。「彼の醸し出す真面目な雰囲気は、逆にコメディに合うなと。笑っちゃうくらい二枚目な方なので、この人で笑いを取りたいっていう脚本家としての欲求がずっとあったんです。今まで見たことのないディーンさんの面白い部分を引き出せていると思います」
啓介と冷めきった夫婦生活をおくる総理夫人=聡子には、三谷の舞台に出演している石田ゆり子。「以前“実は私にはコメディエンヌの才能があると思うんです”と打ち明けてくださったんです。そういうことを自分で言う方には大体才能がないんですが(笑)、石田さんは天然に見えてちゃんと計算された面白さを出してくれる方。ただ初日からいきなりフラメンコの衣裳を着てもらわなくてはならず、ご本人は“あんなこと言うんじゃなかった!”と後悔されていましたが(笑)。ニュー石田ゆり子にご期待を!」
本作一番の悪役=鶴丸官房長官には三谷脚本のNHK大河ドラマ「真田丸」(16年)の真田昌幸役で視聴者の心を鷲掴みにした草刈正雄が堂々登場。「舞台でご一緒した時から、喜劇の世界にすごくはまる方だということは分かっていました。ご本人もユーモアのセンスがすごくあるし、コメディアンとしての才能を理解されている。舞台の時もそうでしたが、今回の作品も撮影しながらこちらが笑ってしまってカットをかけ忘れるほどぶっ飛んだお芝居をされています」
そして三谷作品に欠かせない名優・佐藤浩市が、怪しさ満点のフリーライター=古郡役で抜群の存在感を放つ。「僕の作品には毎回出ていただいていて、今回は浩市さんにどんな役をやってもらおうかって逆に考えているところもあります。彼は毎回面白いし、当然ながらお芝居が上手なので画面が締まります」
他にも小池栄子、斉藤由貴、木村佳乃、吉田羊という錚々たる女優陣が、それぞれのイメージを鮮やかに覆す役どころで出演。「小池さんは、お芝居も上手だし頭もいいし性格もいい。こういう人と会うとずっと一緒に仕事をしたくなっちゃうので、早く映画に出てもらいたかったんです。斉藤さんのことは昔から知っていましたが、去年久々にTVドラマ「黒井戸殺し」(CX)に出てもらった時に改めて彼女のコメディエンヌとしての素晴らしさを感じました。アメリカの大統領は誰にやってもらおうか迷っていたんですが、木村さんのバラエティー番組で時折見せる振り切れた感じが素晴らしかったし、留学をされていて英語も堪能だったのでこれは彼女しかいない!と。羊さんは10年以上前から知っていますが、彼女は理知的で隙のない役を得意とされていると思われがちですよね。でも僕の知っている羊さんは、恋愛気質で女性的な役を演じると輝くイメージなんです」
その他、監督がいつか警官役をやらせたかったという田中圭、漫才を見てその“普通っぽさ”に惚れ込んだジャルジャル後藤淳平、ガラリとイメージチェンジをして臨んだROLLYと有働由美子など、三谷映画初出演陣から、実力派の常連組まで豪華個性派キャスト達が、三谷映画でしか見られない役柄で出演しているのも見逃せない!

こだわり満載の豪華2大セット

物語のメイン舞台となるのは総理公邸と総理官邸の2つ。公邸はフジテレビの湾岸スタジオに、官邸は東宝スタジオにそれぞれ巨大なセットを作り込んだ。本作で初めて監督とタッグを組んだ美術監督のあべ木陽次(「あべ」は木偏に青)は、『マスカレード・ホテル』(19年)、『翔んで埼玉』(19年)、『コンフィデンスマンJP』(19年)などの話題作を手がける売れっ子。監督いわく「最初の打ち合わせの時から、“この人とは同じ言葉でお話ができる”と感じました」とのこと。だがいくら実際の政治を描かないとはいえ、全くリアルからかけ離れてしまっては観客をしらけさせてしまう。美術チームには現実と虚構の絶妙な匙加減を測る繊細な作業が要求されることに。「閣議室や国会の党首討論の場はできるだけリアルに作ってもらいつつも、本当の閣議室にあんな大きなテーブルはないわけで“そこは現実とは違うんだよ”と目くばせはしつつ。ファンタジー感と同時にある程度のリアリズムは出してもらうよう、美術チームには知恵を絞っていただきました」(監督)。なかでも監督が特にこだわったのが「広さ」。「官邸自体が、記憶を失った啓介が巨大な迷路に迷い込んだようなイメージにしたかったんです。あとは総理の執務室をできるだけ広く作ってほしいということ。執務室は権力の象徴でもあるし、部屋が広いと俳優さんを自由に動かすことができますから」。昨今なかなかお目にかかれない巨大セットには俳優陣も感嘆の声をあげた。「中井さんに“今の日本映画でここまでのセットを作れるのは貴重なことだ”と言われました。僕の映画はいつも日常生活やリアリズムから半歩くらいはみ出している、少しだけ浮いたものが多い。僕にとってリアルの象徴はスリッパ。登場人物がスリッパを履いているともうダメなんです。スリッパが出てきた瞬間にリアルになってしまうし、靴下で歩き回るなんてもってのほか。一気に生活感が出ちゃうでしょう(笑)。だからホテルとか法廷とか、靴を履いたまま歩き回れるフォーマルな場所を舞台に物語を考える傾向があるんだと思う」
また本作には一度も日本の国旗が登場しないのも、監督のこだわりのひとつ。「国旗を出すと生々しくなるので、一切やめたんです。セリフも最終的に“日本”という言葉は全部省きました。どう見ても日本ではあるんですけどね(笑)」。本来なら国旗が掲げられている場所には、ロケで使用した上野の表慶館にたまたま置いてあったライオンの置物からヒントを得て、すべてライオンモチーフの旗や置物を設置。対して公邸は、ペンギンのモチーフで統一されている。「公邸だから皇帝ペンギンなんて、そんな駄洒落ではありませんよ!僕の作品には鳥がモチーフで使われていることが多いので、(『THE有頂天ホテル』(06年)のアヒル、『ザ・マジックアワー』(08年)のカモメ、『ステキな金縛り』(11年)の八咫烏等)ある意味ゲン担ぎです。今回もたまたまペンギンのオブジェが目についたので使ってもらいました」

猛暑の中、ロケも多数敢行

豪華なセットに目を奪われがちだが、本作はいつになくロケ撮影も多かった。総理が石をぶつけられたバルコニーや、囲み取材を行ったロビーは表慶館。歴史的建造物として名高いが、それゆえ冷房機器が一切なく全員が猛暑に耐えながらの撮影となった。暑さといえば、米国大統領=スーザン(木村佳乃)と接待ゴルフに興じるシーン(@茨城・千代田カントリークラブ)は「最も暑いロケ」となったが、監督の中で早い段階からイメージが出来上がっていた。「室内のシーンと、夜の場面が多いので、昼間で開放的なゴルフコースのエピソードをどうしても入れたかった。ただ実は僕自身ゴルフを一度もやったことがないので、あんなに暑い場所だとは知らず。俳優さん達には申し訳なかったです」。そしてそのゴルフ場で、まさかの変装をした佐藤浩市も登場! 「あんなに楽しそうな浩市さんは初めて見ました(笑)。僕はゴルフ用語なんて一切分からないので、あそこのセリフはすべてゴルフ通の彼が自分で考えてくれたものです」
啓介があかね(吉田羊)と密会するゴージャスな部屋は、今回映画で初めて使われた虎ノ門・アンダーズ東京の一室。ロケハンをした瞬間に「これは1カットでいきたい」(監督)と直感。吉田は長回しの中、白いスーツ姿から、黒のランジェリー姿に着替える。「かなりきわどいシーンになり“そこまでやってくれるんだ!”と感動しましたが、羊さんは堂々とされていて、むしろ楽しんでいる様子。思い切りよく演じてくれました」

キャラクターの心情の変化を体現する衣裳

登場人物達の気持ちの変化&人間的な成長を雄弁に語る衣裳を担当したのは、これまで三谷作品を何本も手掛け監督の信頼も厚い、宇都宮いく子。記憶を失う前の啓介は、黒色のスーツでギャングのようなイメージだが、記憶を失って以降は淡い色のスーツが増えネクタイもセンスの良い垢抜けたものを着用していくなどの変化が見える。同じく井坂(ディーン・フジオカ)も前半はキレ者の策士らしく全身黒のコーディネートだが、前向きな啓介に感化されていくうち白いシャツを着る機会が増えていく。おそらくは記憶を失う前の啓介の意向で、体にフィットした服装が多かったのぞみ(小池栄子)も、物語が進むにつれ服のラインも色合いも清楚なものにゆるやかに変貌していく。何を着てもどんなヘアメイクをしても「かわいくなってしまう」(監督)のが石田ゆり子演じる聡子。どこか子供っぽさを残しつつも、総理夫人であり母でもある聡子の落ち着きを醸し出す衣裳を全員で模索した。警官・大関役の田中圭は、警官の制服をアメリカンポリスのように着崩した形にしたいと監督がオーダー。帽子の被り方、袖の腕まくりなど、独特の着こなしとなっている。
そして誰よりも強烈な衣裳を着こなしたのが、米国大統領(木村佳乃)。監督の案で「エリザベス・テイラーのような」往年のハリウッド女優風メイクをイメージし、眉毛の角度などを試しつつ、行きついたのがあのパーフェクトメイク。この強烈なフェイスに負けないようにと、ギラギラとしたド派手な衣裳が完成した。

新たなアプローチに挑んだ音楽

音楽は『ザ・マジックアワー』(08年)以来タッグを組んでいる荻野清子。「音楽(劇伴)に関しては、いつもと違うアプローチにしようと話していました」と監督。「映画を見ている側は、作り手が思っているよりも物語に入り込んでいるので、同じモチーフの曲が繰り返されても観客は意外と気づかない。なので今回はあえてそれをくどいほど強調してみようと思ったんです」これまでの作品では登場人物1人1人にテーマ曲を作り、それらが徐々に合わさっていくという構成が多かった三谷作品だが、今回は曲数自体は多いもののメインとなるモチーフはただひとつ。「それを勇ましいマーチにしたり、不安気なピアノ曲にしたりと様々なアレンジを加えてもらいました。音楽収録の時、演奏するミュージシャンが“何度同じ曲をやればいいんだ!”って言うほどでした(笑)」

俳優を魅力的に見せるための映画作り

これだけコンスタントに作品を発表し続け、映画監督としての確かな地位を確立していてもなお、「自分は脚本家だし、舞台がメインの人間だと思っている」と言い切る監督。「じゃあ自分の映画作品は何を軸に作っているかといえば、やはり俳優さんなんです。映像的な面白さみたいなものでいえば、僕より才能のある監督さんはたくさんいらっしゃる。でも僕の作品では俳優さんがとにかくイキイキとしていて、他では見せたことのないような面を見せてくれたらいいなと。俳優さんを見せるための映画作りが、僕の作品ではメインなんです」
啓介(中井貴一)と古郡(佐藤浩市)が2人きりで対峙する3分近い尺のあるシーンは、「普通ならカットを割って撮っていくんでしょうが、日本映画界のトップクラスの2人が揃っているんだから割る必要はないなと思い、1シーン1カットの長回しでいくことにしました」とも。「言い方は悪いですが、おじさん2人がじゃれ合っている(笑)。それがたまらなく面白い。ずっと見ていたいと思えるし、他の作品ではそうそう見られないものなんじゃないかな。それが僕の仕事だと思っています。俳優陣の魅力的な演技をとにかく楽しんでいただけたら嬉しいですね」